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終わらない夢を描こう

髙橋海人くんをゆるりと応援しています。

ジャニオタと就活

 

やっと自分の就活が終わったので記事として残しておこうと思って書いています。結構ジャニオタの就活事情って気になるよね…私も就活始まった時期にいろいろと検索してはためいきついてたな~(笑) 

 

今年は就活が3月解禁になったこともあって、前例がなくてどのくらい前から何をすればいいのか分からずに出遅れた感はありました。そして17卒もスケジュールが変わるらしいと聞いて…17卒の方々がんばってください…(p_q)

この記事を書くにあたって、一応私のスペック(?)と私が就活の軸にしていたことを書いておきたいと思います。

わたし(19)都内の学校に通っています。そして not実家暮らし ちなみに前期も後期も学校は週4でした。就活中のバイトは月2~3回くらい。

就活をするにあたっての条件:事務職、転勤なし、土日祝休み

ちなみに、私は3月に上記の条件を挙げていたにも関わらず、結局なにひとつ条件に当てはまらない企業への就職を決めました(笑)でも、希望していた業界には行ける事になったので、後悔はありません。

最終的に私は2社から内定を頂くことが出来ましたが、片方は志望業界とはかけ離れていますし、どちらも一般事務ではありません。(もっと努力をすれば違う結果も出ていたのかもしれないけれど。)

 

ここからは月ごとに私が何をしていたかを振り返っていきたいと思います。先に言っておきます。クズです。

 

3月

3月はわりと説明会に参加していたもようです。5回説明会に参加して、そのほかにも2回講座*1も受けています(少ないけれど)。

現場:SHOCK1回、セクパワ横アリ4回。

4月

4月に入り、内定をいただいた会社(A社とします)の説明会等に参加し始めました。志望業界に当てはまる会社です。4月はA社ともう1社しか説明会は参加していません、ここで意識の低さが露呈しはじめますね。

現場:カラフト伯父さん1回。そのほかにもクリエの当日券に4回並びに行きました。土日だったのでノーダメージ。

5月

5月はA社の選考に集中するために他の会社は受けませんでした。ここで無事にA社に内々定をいただきます。全国転勤必須の総合職で志望業界です。ちなみに初めて選考を受けた会社での内々定でした。

現場:カラフト伯父さん5回、Taylorのコンサート1回、セクパワ名古屋(遠征)1回。最終面接の次の日に夜行バスで名古屋に行きました。終わってしまえばこっちのもん。

6~8月

ここは海人担として夏に大活躍する海人くんを見に六本木に通う等オタクに精を出していた時期です。内々定がひとつあるだけで心がとっても軽くなります。就活はサボり気味になります。正直内々定を頂いた企業に惹かれていたこともあって、実際に3か月の間に志望業界の会社1社しか受けていません(クズ)。そこは筆記試験で落ちました。

現場:6月はワクワク1回、VS嵐番協1回。7月はサマステ4回。8月はサマステ3回、勝利ソロコン2回。

9月

学校がはじまります。夏はA社に決めてしまおうかと思う勢いで就活をしていなかったのですが、冷静に考えてみると1つ絶対に譲れない条件*2があるのに対して、A社はその条件を満たしていないので就活をぼちぼち再開します。ここでボサっと公務員を受けましたが落ちました。筆記試験はあまり難易度が高くなかったと思うので、きちんと勉強していれば落ちなかったかもしれないな~と少し後悔もしました。

現場:ドリボ1回、キスマイコン東京3回。

10月

もうまわりに就活を続けている子はほとんどいません。スーツを着ると割と浮きます。この月ではもうひとつの会社の選考があって、11月に内定をいただくことが出来ました。B社とします。B社は割と大量採用で難易度もそんなに高くなかったと思う。その分志望度も低めで仕事内容にもあまり興味を持てませんでした。(なぜ受けたのか)

現場:JUMP横アリ2回、キスマイ名古屋(遠征)が2回。

11月

とっても志望度が高かった会社の説明会がはじまりました。わりとこの時期でも説明会には60人弱が参加。ちなみにそこの会社はせっかく書類が通ったのに、筆記で落ちました。ほんっとうに筆記がよわいんだよね~~~。悔しい。理数系がとことんできません。

現場:なし

12月

うわ~もう12月だ~どうしよう、と思って、どうしても親に会いたくなって実家に帰りました。そこで福利厚生や仕事内容、自分が将来何をしたいのか等、父にたくさん話を聞いてもらいました。今までも電話で色々と聞いてもらっていたんだけれども、やっぱり面と向かって話す方がいいなあと思います。そこで両親にいろんな思いをぶちまけたあとに、父に「本当はどっちの仕事に就きたいかお前の中で決まってるんでしょ?」と言われて、ああ、私やっぱりこっちの仕事がしたいんだなあと腑に落ちました。きっと、自分に自信が持てなくてずっと誰かにあなたなら大丈夫だよって背中を押してほしかっただけなのかもしれない。そして、志望していた事務ではなく総合職で、しかも英語を使い仕事をする、ということも中々踏み出せない理由のひとつでしたが…。基本的には自分に自信がないからすっぱりと決められないんです。

高校3年生の時に、部活をすぱっと引退して受験勉強に専念するか、もう少しだけ続けるかで悩んだことがあります。その時も、自分の中で答えは出ていたはずなのに、どうしてもあと一歩が踏み出せなくて恩師に背中を押してもらいました。重要度は全然違うけど、根本的なところは変わっていないんだなあと苦笑せざるを得ませんね…

結局私がそこの企業に踏み切れなかった理由は、地方転勤があるから。ほぼそれだけの理由で半年間も悩みました。ジャニオタをしていれば地方の壁の厚さは地方に住んでいなくてもわかります。かさむ遠征費、関東ローカルの壁、ジャニショ・ファミクラ問題、番協にも行きづらくなる…そのどれも私には乗り越える自信がなかったし、何よりも私は大の家族好きなので、実家からさらに離れてしまうことも嫌でした。それでも、色々な面から考えてみれば、何が自分のためになるかは明白で、今何がしたいのか。ジャニオタがしたい!という単純な理由だけで自分の将来を決められるほどジャニーズに入れ込む自信はありませんでした。ジャニーズは夢や希望や幸せをくれるけど、結婚もしてくれなければ養ってもくれません。今のところ私は寿退社の予定も自分の将来設計の中にはないので、そういった面でも自分の将来を考える必要があったのかなと思います。

そこの企業に意思を固めるまでに半年もかかってしまったけど、妥協ではないし、決めたことはとことんやりたいので資格の勉強も、自分の武器をつくるための勉強もしようと思っています。

現場と就活

ジャニオタと就活を語るうえで欠かせないのは現場に行きながら就活が出来るのか?ということだと思います。私も実際就活始まる前はどれくらい我慢すればいいのかなあと色々考えたりもしました。結論から言うと、別に我慢する必要はないと思います。

私は毎月のように何回も現場に行っていたし、現場があるから就活が頑張れていました。友人も現場を我慢しなかったけれど内定を複数貰って就活をきちんと終えていますし、現場がないと張り合いが出ないと言っていました。確かに、これが終わったら現場が待ってる…!!というときの方がジャニオタは強かったりします。*3むしろ自分でメリハリをつけられる人なら現場に行きながら就活した方が、生き生きと就活が出来る気がします。

 

長々と書いてきましたが、振り返ってみれば就活は苦しいことも少しはあったけれど、全体的には楽しかったです。私が自分に甘かったということも大いに関係していると思うけれど(苦笑)それでも、普段お話することのない他大の人と仲良くなれたり、自分の意思では行かないところに行けたり、いろんな企業の方のいろんなお話が聞けたり。ESや履歴書も最初こそ嫌だったけれど、書ける話題を見つけてからは字数が足りない!となることも多々ありました。私は結局5社ほどしか受けていないし、なんなら1番最初に内定を頂いたところに決めてしまっているので楽観的なところはあると思うけれど、就活をしなければこんなにも自分と向き合うことはなかったと思うし、自分の将来について真剣に考える事もなかったと思います。そして自分の中でジャニーズが占めているウェイトってすごく重いんだなっていうのも再確認できました(笑)しばらくはジャニオタやめられなさそうです…

 

そして春からは地方ジャニオタ!かれこれ19年間東京にいるのでカルチャーショックはものすごいかもしれないけれど生きる…!!!配属先を知らされるのはまだまだ先なので、自分がどこに行くのかは分かりませんが、ある程度の覚悟をしながら資格の勉強とジャニオタをしたいと思っています。その前に卒論でした…卒論ぱーっと終わらせてジャニワとジャポニズムとカウコン楽しみます♡(とことんジャニオタ)

ほぼほぼ自分の記録のための記事でした…最後まで読んでくださった方がいたらありがとうございます(p_q)

 

 

*1:身だしなみ系のもの

*2:私は生まれてから関東でしか育ったことがないし、実家も関東なので地方転勤は考えたことがありませんでした。

*3:内定を頂いた2つの企業は、どちらもその日のうちか次の日に名古屋に遠征しています。フットワーク軽い。キスマイ名古屋の時には夜行で東京に帰ってきたその日の午前中に説明会にも行きました。